水害や台風などの自然災害が毎年発生している状況において、企業は災害時でも事業を継続するために、BCP対策を実施することが不可欠となっています。事前の準備や予防策に重点を置いたBCP対策がビジネスの中で重要視される一方で、災害が発生した場合には迅速に適切な対応を行い、被害を最小限に抑える復旧力、つまり「レジリエンス」も非常に重要とされています。本記事では、オフィスビルの「レジリエンス」について詳しく解説します。
レジリエンスとは

「レジリエンス」とは、心理学用語で困難や危機に直面した際に、迅速に回復し、さらなる成長を遂げる能力を指す言葉です。幅広い分野で用いられるレジリエンスという概念ですが、企業経営においては経済的混乱や市場の変動に対する適応力という意味合いで使われています。一方、オフィスビルや建物におけるレジリエンスとは、災害や予期せぬリスクからの復旧力を指し、事業継続性を確保するための物理的な耐久性(耐震性能など)が挙げられます。
本記事では、オフィスビルにおける「レジリエンス性能」に焦点を当てて解説します。
■レジリエンスに対する意識の高まり
東日本大震災を契機として、政府の閣議決定により国土強靭化の取り組みが進められました。東日本大震災以降も、台風や水害などの自然災害は毎年頻発しており、将来的には南海トラフ巨大地震や首都直下型地震なども予測されています。
その中で、事前の防災対策の重要性が注目されています。近年の水害を例にすると、被害額・復旧に要する費用と、事前に防災対策をする費用を比べた際に、事前対策をする方が、より少ない投資で大きな整備効果をもたらすことが可能だと考えられています。平成30年7月に発生した岡山県の豪雨被害では2,695億円の被害を受けましたが、事前に480億円の堤防を整備していれば防げたのではないかという見解もあります。
この事例から、災害発生時の事前対策を行うことで、経済活動の停滞を緩和し、被害の発生期間を短縮し、迅速に活動を回復するための「レジリエンス」という考え方が注目されるようになりました。
参考・引用:一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会/第1回「 レジリエンス認証説明会」より
オフィスビルにおけるレジリエンス性能の重要な要素
オフィスビルのレジリエンス性能は、災害時に迅速に機能を復旧し、事業を継続できるかどうかの重要な指標となります。以下では具体的な5つの要素を解説します。
1.耐震・免震性能
耐震性能は、地震の多い日本においてオフィスビルの安全性を保つための基本的な要素です。
地震発生時に建物がどれだけダメージを受けずに耐えられるか、そして倒壊のリスクを最小限に抑えられるかが、従業員の命を守り、事業継続の可能性を高めます。昭和56年に導入された現行の耐震基準(新耐震基準)は、「中規模の地震(震度5強程度)に対してはほとんど損傷を生じず、極めて稀にしか発生しない大規模の地震(震度6強から震度7程度)に対しては、人命に危害を及ぼすような倒壊等の被害を生じないことを目安としたものである。」と定められています。
▽関連記事はこちら
地震発生時の被害を抑える!耐震・制振・免震について解説
2.非常用発電機と電源バックアップシステム
非常用発電機とは、災害時に建物への電力供給が停止した際の一定期間、電力を供給する設備です。非常用発電機が設置されているオフィスビルであれば、停電時でも消防設備のスプリンクラーや各オフィスの照明・空調などが稼働するため、従業員の安全を確保することが可能となります。建築基準法では、高さ31mを超える建築物や不特定多数の人が出入りする特殊建築物などに対して、非常用発電機の設置を義務付けています。
この非常用発電機は基本的に防災対策としての機能なので、一時的な停電によるPC機器のシャットダウン、作業中データの損失などの対策として、重要なのが電源バックアップシステムです。例えば、オフィスビルにUPS(Uninterruptible Power Supply)が設置されている場合、災害時の企業活動に対する被害を最小限に抑えることができます。
UPSとは、電力の一時的な供給停止や電圧の変動に対して、連続的な電力供給を保証する装置です。非常用発電機と能力は似ていますが、主な目的は停電時にコンピューター機器やシステムの正常な動作を維持することです。サーバールームや、通信機器・医療機器がある場所など、停電や電力の変動が特に重要な影響を及ぼす場所で使用されています。
また、これらの電源設備は水害に備えてオフィスビルの上層階に設置されていることが望ましいとされています。オフィスビルを選ぶ際には、電源設備の場所についても確認しましょう。
3.水道インフラと備蓄設備
災害時における水の供給は、オフィスビルの運営にとっても欠かせない要素です。給排水設備が整っていることに加え、非常時用の水の備蓄設備も重要です。飲料水や衛生管理のための水を確保しているビルであれば、災害時にも安心して業務を続けることが可能です。水道インフラ設備は、オフィスビルのレジリエンス性能を判断する際の重要な指標となります。
例えば、地域の防災拠点機能ビルである「大手町フィナンシャルシティ グランキューブ」では、水を「つくる」システムを取り入れ、災害時でも飲料水の供給が可能です。具体的には、敷地内で掘削した井戸水を飲用可能なレベルまで処理できる「井水処理設備」が設置されています。普段は建物内の機能に使われていますが、災害時には建物全体に飲料水として供給できるようになっています。
参考・引用:三菱地所設計/設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノートvol.6
4.緊急時対応
定期的な避難訓練を実施しているオフィスビルは、万が一の災害発生時にも迅速かつ安全に対応できるでしょう。緊急時の防災計画が整っているかは、ビルのレジリエンス性能を評価する大きなポイントです。従業員が事前に避難経路や緊急時の行動を把握していることで、実際の災害時の混乱を防ぐことができます。
5.避難経路と安全設備
オフィスビル内に適切な避難経路が複数設けられていて、安全設備(避難階段・非常灯・避難器具など)が充実していることが、緊急時における安全確保のポイントです。非常用照明や煙感知器などの安全設備が適切に設置されているか、また定期的にメンテナンスされているかの確認が必要です。
建物のレジリエンスとBCP
「レジリエンス」が災害時の迅速な復旧力を指すことに対して、「BCP(事業継続計画)」は、緊急時に事業を中断せずに継続するため、事前に具体的な対策を講じることを意味します。BCPの策定は、企業が直面するリスクに対し、事業の中断を最小限に抑え、迅速な回復を目指すための重要な取り組みです。
■BCPとは
BCP(Business Continuity Plan)は、自然災害や事故、サイバー攻撃などの緊急事態が発生した際に、事業の重要な機能をいかに維持し、早期に回復させるかを計画したものです。企業は、BCPを通じて従業員の安全を守り、取引先や顧客からの信頼を回復することを軸に策定されます。
▽BCP対策についての詳細は、以下の記事をご覧ください。
BCPを意識したオフィス選びとは?入居後に行うべき対策も解説
■BCPの重要性
BCPが企業にもたらすメリットは、「事業の安定性確保」「企業価値の維持」「顧客信頼の獲得」という点です。また、従業員の安全を確保し、早期の事業再開を可能にすることで、企業の長期的な事業継続と信頼性を守るという点でBCPは重要とされています。
■BCPとレジリエンスの関連性
BCP(事業継続計画)とレジリエンスは、どちらも企業が災害や予期せぬリスクに対して持続的に事業を続けるために重要な要素です。
BCPは、緊急時の対応や、事業の早期再開を事前に計画するもので、レジリエンスは、そうした計画を実行できる力、つまり、迅速な回復力を意味します。この2つは相互補完的であり、企業の安定経営を支える基盤です。

例えば、耐震性能や電源バックアップシステムを備えたオフィスに入居することは、BCPを実現するための一つの戦略であり、これが企業の復旧力(レジリエンス)を強化します。つまり、オフィスビルのレジリエンス性能を向上させることが、企業のBCP対策強化に直結するのです。
レジリエンス性能で重要となるZEB
災害時のエネルギー供給確保や環境負荷の低減を目指す中で、ZEBは、レジリエンス性能を高める重要な要素として注目されています。ZEBの導入により、建物はエネルギー効率を高め、災害時にも持続的に機能することが可能です。以下ではZEBについて詳しく解説します。
■ZEBとは
ZEBは、「Net Zero Energy Building」の略称で、建物の年間一次エネルギー消費量の収支をゼロにすることを目指す持続可能な建物の概念です。省エネルギー設計や再生可能エネルギーの活用など、さまざまな技術と設計手法を組み合わせて実現されます。また、エネルギー効率が良いので、稼働時の環境負荷を軽減できる点もメリットです。
▽ZEBについては、下記の記事も併せてご覧ください。
これからのオフィス・商業ビルに求められるZEBとは?概要・改修事例を解説
■環境省が推進するレジリエンス強化型ZEB
環境省は、エネルギー効率を高め、災害時にも事業を継続できるレジリエンス強化型ZEBの普及を支援しています。これには、再生可能エネルギーの活用や非常用電源設備の導入、災害時に電力を確保できる建物の構築を目指す取り組みが含まれます。

主な支援策には、新築建物のレジリエンス強化型ZEB促進事業や既存建物のZEB化支援事業があり、要件を満たせば補助金制度などが利用できます。
参考:環境省/建築物の脱炭素化・レジリエンス強化促進事業
■ZEBとレジリエンス強化型ZEBの違い
ZEBは、建物のエネルギー消費量の収支をほぼゼロにすることを目指す持続可能な建築物の概念です。一方、レジリエンス強化型ZEBは、ZEBの概念に加えて、災害や緊急事態にも迅速にビルの機能が復旧できる建物を目指しています。
ZEBは、省エネルギー技術や再生可能エネルギーの導入により、建物の年間エネルギー消費量の収支をゼロにすることを目指し、環境負荷を低減させることに焦点を当てています。これに対し、レジリエンス強化型ZEBは、エネルギー効率だけでなく、建物の安全性や持続性を重視しています。地震や台風などの自然災害に耐えられる強固な構造や設計、非常用電源の設置、災害時のライフライン確保など様々な対策を行い、建物の耐久性や復旧力を高めることを目指しています。
レジリエンスの高いオフィスに移転するメリット
レジリエンスの高いオフィスに移転することは、企業の事業継続性の強化や、経営の安定性を確保するための重要な戦略です。以下では、その具体的なメリットについて説明します。
■事業継続性の確保
災害時や緊急時においても、事業継続性を確保することが重要です。耐震性能が高く、非常用電源や蓄電池を備えたオフィスは、地震や停電などの影響を受けにくく、事業の中断リスクが抑えられるためです。従業員の安全が守られるだけでなく、取引先や顧客へのサービス提供も継続することが可能です。
■企業の信頼性とブランド価値の向上
災害時にも迅速に対応できる企業は、顧客や取引先から高い評価を得ることが出来る上、ビジネスの継続性が保証されることで取引先からの信頼性も高まります。また、環境への配慮や災害対策が整備されたオフィスを選ぶことは、CSR(企業の社会的責任)の観点でも企業の評価を高めます。こうした取り組みがブランド価値の向上に繋がり、信頼される企業として市場での競争力を強化することができます。
■レジリエンス認証取得の一助となる
レジリエンスの高いオフィスに移転することは、企業がレジリエンス認証を取得するための一助となります。レジリエンス認証とは、企業が事業継続に対して積極的に取り組んでいることを評価する認証制度で、第三者機関である一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会によって運営されています。認証を取得することで、企業は災害やリスクに強い体制を整えていることを対外的に証明でき、信頼性が一層高まります。
レジリエンス認証とは
企業や団体が、災害や緊急事態に対応できる体制を整え、事業を中断させずに継続するための対策について評価・認証する制度です。この制度は、平成28年に内閣官房国土強靱化推進室が制定したガイドラインに基づいており、一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会が認証を行っています。
認証を受けた企業や団体は、「国土強靱化貢献団体」として認められ、社会的な信頼を得ることができます。2024年7月31日時点で、301団体が認証を取得しており、大手企業も多く認定を受けています。
この認証を取得する上で、レジリエンス性能の高いビルに入居していることがプラスポイントとなります。高い耐震性や非常時のバックアップ電源など、災害時対策を十分に整備した建物に入居することは、企業の事業継続力を高める重要な要素であるためです。
ただし、レジリエンス認証の取得には、企業独自の認証プロセスが必要です。単にレジリエンス性能の高いビルに入居しているだけでは認証要件を満たすことはできません。企業は、具体的な事業継続計画(BCP)やリスクマネジメント体制を整え、実際に災害や緊急事態に対応できる取り組みを行う必要があります。
参考:一般社団法人 レジリエンスジャパン推進協議会
レジリエンス認証(国土強靭化貢献団体認証)の取得要件
レジリエンス認証を取得するには、以下の9つの要件を満たさなければなりません。企業が独自に策定したBCPや従業員への教育、リスク分析と対策を実施することが必要です。
・事業継続の方針策定
・事業継続方針の分析・検討の実施
・事業継続方針の戦略・対策の検討と実施
・具体の計画策定
・見直し・改善の仕組み
・事前対策の実施
・教育・訓練の実施
・担当者の経験と知識
・重大な法令違反がない
参考:内閣府ホームページ/内閣官房国土強靭化推進室 国土強靱化貢献団体」認証(レジリエンス認証)について
レジリエンス認証のメリット
レジリエンス認証を取得することで、企業は以下の4つのメリットが期待できます。
1.信頼性の向上
レジリエンス認証を取得することで、災害時や緊急事態に対する備えが公式に評価され、取引先や顧客からの信頼性が高まります。認証を受けた企業はリスク管理が徹底していると認識され、ビジネス面で優位性を保てます。
2.ブランド価値の向上
レジリエンス認証を取得すると、そのロゴやマークを使用することができ、企業の社会的責任(CSR)に取り組んでいることをアピールできます。これにより、企業のブランド価値が向上し、信頼できるパートナーとしての評価も上がります。
3.一部金融機関からの優遇措置
レジリエンス認証を取得した企業は、融資利率の引き下げや長期融資など、一部金融機関からの優遇を受けられることがあります。認証により、安定した事業継続の能力が認められ、資金調達が有利になる点も大きなメリットです。(※優遇措置については条件があります。対象の金融機関にご確認ください。)
4.事業継続力の強化
レジリエンス認証を取得するプロセスでは、BCP(事業継続計画)やリスク管理体制を整備するため、企業の事業継続力そのものが向上します。これにより、災害やリスクが発生した際も事業を迅速に再開しやすくなります。
まとめ
レジリエンス性能の高いオフィスは、企業の事業継続性を確保し、災害や突発的なリスクに対応できる重要な基盤となります。オフィス移転の際には、オフィスビルのレジリエンス性能に注目して物件を選択することが重要となります。
また、三菱地所リアルエステートサービスでは、オフィス移転に関する業務をトータルサポートしております。現在のオフィスの課題発見から、働き方の見直し、オフィスの適正面積算出など、多面的にオフィス移転をサポートしますので、お気軽にお問い合わせください。また、三菱地所リアルエステートサービスの賃貸オフィス検索サイトでは、賃料・最寄駅からの所要時間・面積など、こだわり条件を設定して物件をお探しいただけます。
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